5月13日フランシス・クリダ@モガドール劇場 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ - 6月 20, 2012 土曜休日。午後4時からMogador劇場でフランシス・クリダの演奏会。オーケストラはOrchestre Pasdeloup. 地響きのような力強い音によるリスト作曲「死の舞踏」、「ハンガリー幻想曲」が超重量級で圧巻だった。これら2曲を連続で聴いたのは初めてであったが、これが世界初のリスト全集を完成させたリスト弾き、マダムリストと呼ばれたフランシス・クリダを聴く最初で最後の演奏会となった。 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ コメント
5月4日セゲド(ハンガリー)出張 - 6月 18, 2012 結局10ヶ月以上を費やすことになった滞在許可証取得のためには、別途指定のクリニックで健康診断を受けなければならなかった。その健康診断の通知が届き、期日をみてびっくりした。期限は何とその翌日であった! 翌日は午後からハンガリーへ出張でシャルル・ド・ゴール空港からブダペスト行きのチケットをとっていたため、健康診断を延期できないか役所に電話をして交渉してみたが、やはり仕事を増やしたくないのであろう、「だめだ」「明日行くかさもなければ2ヵ月後」の一点張りで、らちがあかなかった。パリに戻ってからでは間に合わないため、どうしてもその日の午前中に健康診断を受けなければならなくなった。更に運の悪いことに、クリニックの場所はとてもアクセスの悪い、不便な場所であった。 当日は朝早起きして出張の荷物を抱えてクリニックに行った。そこで更に、「バスに乗ってどこそこの病院にいってX線写真をとって戻ってくるように」との指示もあり、バスで別の病院へ一往復する羽目になった。ブーツを履いたまま身長体重を測るなど、身体計測も信じられない程いい加減であった。クリニックで順番まちしている間も飛行機に間に合うか心配でドキドキしていたが、幸い全てのプロセスを綱渡りで乗り切り、なんとか出発に間に合うことができた。フランスの役所には常々振り回される。 無事部ブダペストに到着し、市内から電車に乗り換え、無事夕方8時Szeged市に着いた。ハンガリーでは最も著名な生物物理学者、生物物理学研究所のOrmos教授が親切にも駅でお出迎え頂き、彼の車で軽く街を案内して頂いた。今でも語り継がれるティサ川の大洪水の時の話も語って頂いた。Szegedはハンガリーで唯一ノーベル賞が出た町である。戦前にセント=ジェルジ・アルベルトらによりビタミンCが発見され、アルベルトが1937年ノーベル生理学医学賞を受賞したのである。その後、レストランでご当地料理をご馳走になり、日本やフランス、ハンガリーでの研究環境や、軽くお互いの研究の話もした。 Ormos先生が、日本では教授が大学院生をひどくこき使うと聞いたが本当かと聞かれた。自分が修士過程1年に、研究室に所属して約10ヶ月目で胃潰瘍ができたことを話したところ、「Oh my goodness! 胃潰瘍は年寄りがなるものなのに!」とびっくりされていた。日本の研究業界では、胃潰瘍になる... 続きを読む
2011年リンダウ・ノーベル賞受賞者会議 - 6月 14, 2015 ハロルド・クロトー卿(1996年ノーベル化学賞)と。 Chen先生(2008年ノーベル化学賞)のGFPに大変お世話になりました。ご体調を崩されているとのこと、お大事になさってください。 最も有名なゲストは彼だったのでしょう。ビル・ゲイツさん。SPのガードが固くて話しかけられませんでした。 ノーベル賞受賞者会議を母の代から主催して下さる、スウェーデン王室分家のベルナドット伯爵様。 ロシア連邦教育・科学大臣、現ロシア連邦大統領補佐官。プーチン大統領と竹馬の友だそうです。 アンネッテ・シャーヴァン、ドイツの教育・科学大臣。博士論文盗用疑惑、大丈夫だったでしょうか。 最終日は伯爵様の島にあるお城でレセプション。帰り、根岸先生(2010年ノーベル化学賞)と、伯爵様のクルーザーで。 続きを読む
10月11日セミナー@ラカッサーニュ記念講堂 - 5月 15, 2013 キュリー研究所内でこの1 年の成果発表、つまるところ、FRMTと名付けた新型磁気ピンセットと、それを用いて初めて実現したRad51タンパク質によるDNAねじり運動計測の結果報告を依頼されていた。アイディアや結果の情報が外部に漏れ、世界のライバル達に漏えいするリスクを危惧した先生方の意向により、所内の一部の関係者だけに声がかかり、午前中の時間帯を選んでのセミナーになった。 終了後何度も研究所の教授達から「君の実験は実に美しい」という賛辞を頂いた。美しいという表現がいかにもフランスらしい。特にノーベル物理学賞を1人で受賞したフランスの英雄、ドゥ・ジェンヌ先生からは「何と面白い実験だ!」と様々な質問をうけた。この発見のカギとなった、新型磁気ピンセットの発明は、当初光ピンセット装置を用いるという先生方の案では期限内に成果を得る事は難しいという私一人の経験、理論的根拠と直感から先生方を説得し、本当にうまくいくかもわからない新型磁気ピンセットの開発を始めた事に始まった。その事を回想したヴィオヴィ教授から「僕の言うことを信じなかったことが君の素晴らしいところだった。」と、フランス人らしいウィットの効いたお言葉を頂いた。 午前中キュリー研で“講演”を行なった同じ日の夕方、今度は沖縄での“公演”のため、シャルル・ド・ゴール空港へ向かった。パリから東京へ完全帰国する2週間前に、東京経由で沖縄に2泊2日滞在するという、私にとっては何ともタイミングが悪く、負担になるスケジュールを余儀なくされたが、沖縄で是非とも出演しないわけにはいかない演奏会があった。そのため、パリからソウル経由でまずは東京へ向かい、その夜は友人の家に数名で集い、朝まで飲み明かし、翌朝始発で羽田空港から沖縄へ向かった。 続きを読む
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